結婚を考える
- 政美 森田
- 9月16日
- 読了時間: 2分
最近「結婚」という話題が出てくることが多い。
きっと、自分が少し気にしすぎているせいで、その言葉に対する耳がよくなっているのかもしれない。
ずっと2人でいるなら、結婚する必要はない。
けれど家族が欲しいなら、私たちの親がしてくれたように、きちんとした手続きを踏み、この国の子として安心して生きられるように、結婚しなければいけない。それが生まれる子のためにできる、愛情の一つなのだろう。
結婚にはなんだか幸せそうなオーラも感じるし、何か憧れみたいなものもある。
これは女性として生きてきた視点なりの、あるいは結婚が一つのゴールみたいに考えられている、暗黙の了解的なものだろう。
幼い頃は私も誰かと自然に結婚できるものだと思っていたし、ウェディングドレスを着て、ヴァージンロードを歩く、そんな姿を簡単に描けていた。
しかし、実際に生きてみて分かったのが、私の中で結婚する人と交際する人というのは少し違う。そういうこともあって、結婚というのから遠ざけて生きてきた。
今思い返してみると結婚したいと思える人は、人生に2人いた。
どちらとも付き合っていないし、そうならなかったのは順番という単純な理由だっただけなのかもしれない。付き合っていなくても、感覚的にどこか家族に近く、どこか崇高でもあり、男女としてのあり方も居心地が良かった。そう感じる相手だった。
だから、結婚したいと思える人とは結婚できないし、付き合うこともできなかった。
そういう自分なりの運命を受け止めていたりもする。
私はいつも遅いのだ。
少し悲しいけれど、これを引き受けなければ、いつまでも悲しい人になってしまう。
だからと言って、そうでもない人と結婚するのかといえば、それはしない。
私は、きっと何度もその人を裏切ってしまう。
そんなもので相手を振り回したくはないし、
だからこそ、ずっと大好きでいられる人じゃないと難しい。
情で誰かを好きになったりしない。
最初から自分の好きな人は決まっている。
そんなこんなで、少子社会に対して、私はとてつもなく無力なのだろと20代半ばで決意した。
だから別の部分で、愛国心を持って役に立てる自分でありたい。







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