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知ったあとの未来へ

世間では「知らない方がいいこともある」といった言葉がまことしやかに囁かれている。

実際、そういうことはある。


知ることは、人を弱らせ、迷わせる。幸せに生きる人が、幸せに感じて生きていられるのは、知りたくない事実を知らずにいる、もしくは知ってそれをあえて、見ないようにしているからだ。


多くの人は他者に触れることはあっても、それを知ることはしない。

知ってしまえば、他人事ではなくなるからだ。

知ってしまえば、知る前の状況に決して戻ることはできないからだ。

知ってしまえば、手放しに幸せを感じることなどできなくなることを、知っているからだ。


知ることは、あなたの意思や選択を弱らせる。

知ることは、それまでのあなたを見失わせる。

そして芽生えた無謀な正義感によって、自分以外の誰かを救いたい、どうにかしたいと考えてしまう。


それは自己犠牲でもある。

知らなければあなたはあなただけを見ていることができたし、都合のいいように世界が作られていた。

あなたの見ている世界は、あなたが知っている範囲の世界でもある。


しかし、知られることで確かに救われる人もいる。

その無謀な正義感が、知ることへの貪欲さが、この世界の誰かを救っている。

そしてあなたを救うことにもなる。


知ることは、それまでの世界の「何か」「誰か」を変えるきっかけになる。

そんな「知る人間」の存在が世界を変えてきた。

火事になっている森林を、誰かが見つけなければ、この世界にその火事は存在しないことになる。ひとりでに消えることもあれば、気がついた時には、すぐこちらまで迫ってきていることもある。


そういう中で、あなたの中にある何かを失っても、弱くなり脆くなるとしても、あなたは絶えず知ることを選べるだろうか。


知ることは、全てにおいて悪にはならない。

なんであれ確実に価値観や世界を広げる。

知ることで、もし自分が何かを迷ったり悩んだりしたとしても、それは未来、知ったことに対して肯定的に向き合おうとする反応であり、あなたが知ったことを受け入れたり、世界を変えることのできるたった一つの道筋なのだ。


だからいつまでも「知らない方がいいこと」を知り、

「知ってよかった」と思える未来を創ろうとする人でありたい。


 
 
 

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