ありがとう
- 政美 森田
- 2月12日
- 読了時間: 2分
「ありがとう」は受け取る側も口にする側も気持ちのいい言葉だ。私も昔から「ごめん」より「ありがとう」という言葉を使いなさいと言われて育ってきたので、よく使う。しかしなんでもかんでも「ありがとう」を使うのは逆に失礼だな、とこの頃思う。
例えば「ごめん」の代わりに「ありがとう」を使うことは少なくないが、それを噛み砕いてみると「相手に申し訳ないことをしたが、自分にとってプラスになったことなのでー」という意味になる。しかし相手が怒っている場合はまず謝った方がいい。笑 そうでないと、自分が反省しているというのがあまり相手に伝わらず、かえって人を怒らせてしまう。
そもそも「ありがとう」ってどんなときに思うものだろう。言うなれば、誰かに何かを施してもらい、自分が都合の良い状態のとき、だろうか。感情で近いものは「嬉しい」だが、「ありがとう」と「嬉しい」には少し範囲や視点のずれがあるように思う。
私なりに考えてみると「ありがとう」というのは行為に対する「感謝」であるため、何か利益があったり、利便的な事柄に対して言うもので、言い換えれば「役に立った」「助けられた」ということに対して感謝する気持ちなのではないか。逆に言えば、そんな利便的な事柄ではないときに「ありがとう」と言うことで、それが利便的な事柄として捉えているという意思表示になってしまうのではないか。
よく使われるのが褒められたときで「かわいいね」「かっこいいね」と言われて「ありがとう」と言う場面はよく見かける。しかしこれだと「褒めてくれたこと(褒めてくれたあなた)が私にとって役に立ったor助けられた」という風になってしまう。もちろん、相手は感謝されるために言ったわけではなくて、ただの感想を言ったに過ぎない。そして相手の感想に対して感謝するというのは少し不思議なやりとりのようにも思わないだろうか。感想に対するならばこちらはそれに対して「嬉しい」「悲しい」などの感情や「そうだ」「違う」などの意見が自然なのではないだろうか。
こんな風に考えてみると、自然なように見えて、私たちはときどき変な会話をしているのかもしれない。「ありがとう」のように便利な言葉が、その本来の意味をぼやけさせてしまっているのかもしれない。







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