皮
- 政美 森田
- 5月20日
- 読了時間: 2分
なんでも「皮」が好きな人がいる。
それが私だ。たい焼きも、餃子も、クレープも。なんでも中身よりも、皮が好きだ。ソフトクリームならアイスよりコーンだし、唐揚げもお肉より衣が好きだ。
何か共通点がないかと考えてみれば、「皮」と言われるもののほとんどは小麦やとうもろこなどの穀物でできている。
だからなんでも、ほんのり甘い。餃子だって、しょっぱい味付けだけれど、皮を噛んでいくと甘さを感じる。チョコレートとか砂糖のあま味はあまり好きではないけれど、こういう小麦のあま味というのが甘さ的にちょうどいい。
それに皮は中の火の通りを程よい具合に保つために、包み込んで、代わりに焼かれたり焦がされたりする役目を持つ。なんと健気なんだと思いながら、その焼き目や焦げ目のパリパリサクサクとした食感が好きなんだ。
たとえばたい焼きも、ふわふわの皮よりも外側のバリというのか、パリパリした部分こそ美味しい。クレープもモチモチよりパリパリ派だ。
そしてそういう人はたいてい、味をつけるのを嫌がる。(もしかしすると私だけかもしれないが)
餃子はタレをつけなくてもいいし、アメリカンドッグもケチャップとマスタードはつけない。(コンビニでアメリカンドッグを買う時にいらないというと、たまに驚かれる)
味をつけることで、穀物独特の甘さが感じられなくなってしまうからだ。
「素材の味を楽しむ」というなんと食通っぽい言い方になるのだけれど、でも実際そういう部分はあるというか、自分は幼い頃からわりと、質素なものを食べてきたのだと思う。そして、それが美味しいと感じると、味の濃いものを食べられなくなってしまう。
だから、高校生くらいのときに友達とはじめてラーメンを食べに行った時は、その味の濃さにびっくりして、正直、あまり好きではなかった。
しかし、その味に慣れてしまった今となっては、味の濃いラーメンが無性に食べたくなる時もある。







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