ものごとのタイミング
- 政美 森田
- 2025年12月22日
- 読了時間: 2分
更新日:1月2日
同級生が就職する年、わたしはまだ学生で、
社会というものをよく知らなかった。
はじめて仕事をもらったのは、みんなが就職してから一年後のことだった。
まだ学生気分だったけれど、
文芸部で文章を書いていたから、
「ライターです」と名乗っていたら、
仕事をもらえることになった。
最初の仕事は、映像の絵コンテを描くことだった。
美術大学に通っていたので、
そういうところを見込まれたのだと思う。
そこから少しずつ人とのつながりが増え、
ライターとは違う仕事も多くあったけれど、
できそうだと思ったことは、できるだけ引き受けた。
今は、なんとかライターと名乗ってもいい場所に立っている。
それでも、ときどき思う。
もっと別の道もあったんじゃないかと。
「普通」は決まっていないと言われるけれど、
わたしが思い描いていた普通の道からは、
気づけば、離れた場所に来ていた。
子どものころは、
大人になったら就活をして、就職して、結婚する。
そんな道が、自然に用意されているものだと思っていた。
身長が伸びるように、
食べられるものが増えるように。
流されていれば、辿り着くものだと。
けれど今は、
望まなければ、何かをしなければ、
その道は歩けないのだとわかる。
わたしは、あの道を望まなかったのだろうか。
いったい何を選び、何を選ばなかったのだろう。
正直、理由はあまり覚えていない。
ただ、強く抗っていた感覚だけが残っている。
けれど最近は、選択に対する意識が、
少しずつはっきりしてきた。
これをやれば、自分はこうなれるかもしれない。
だから、やる。
そんなふうに考えて、選ぶようになった。
きっと昔から言われていたことなのに、
ずっと腑に落ちなかった。
でも、腑に落ちるタイミングで、
教えてくれる人が現れた。
人にはそれぞれ、
理解が追いつく時期があるのかもしれない。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
また、まどろみのなかで会いましょう。







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